自分の中にあるもの(11)
聖テレジアの手記を読むと、物心ついたほんの幼い頃(3、4歳)から自我がハッキリとしていた彼女自身とその心を、神様という存在がしっかりとつかまえていた印象を受ける。
彼女の夢や(テレーズは眠った時に夢を見ることが多かったようだ。その中に暗示的な何かが現れたりすることも多かった)。
歳が近い姉妹との間の、かわいらしくも、普通の意味では不思議なエピソードは割愛するが、
このブログの以前の回に取り上げさせて頂いたイアン・スティーヴンソン博士の『前世を語る子供たち』で出てきたように、幼いころには(自然にしていて)最も前世の記憶が出現する可能性が高い。
彼女の神様に対する愛情や熱望が、過去世から続いている記憶の一端だとしたら、それはそれほど不思議なものではないとも思えてくる。
そのように結び付けてしまう私の発想は、飛躍し過ぎているだろうか。
『前世療法』を確立させた、その世界的な権威であるアメリカのブライアン・ワイス博士は、著書の中で、ユダヤ教にもキリスト教にも元々は輪廻転生の思想というものはあった、存在していた、と述べている。
抜粋すると、
「ユダヤ教にはギルガル。その教えの中心であり柱の一つであった」
「キリスト教では元々新約聖書にあった輪廻転生の記述が、キリスト教がローマ帝国の国教となった時に削除された」
その理由には政治的な背景があったのだという。
「もう一度人生を送るチャンスがあると信じている市民は、一回だけ最後の審判があると信じている人に比べて従順さに欠け、法も守ろうとしないだろう」
「12世紀には、輪廻転生を信じていたキリスト教の一派は、異端として虐殺された。」
「過去世の考え方が抑圧されたのは、精神的な理由からではなく、政治的な理由からだったのです」。
ワイス博士の文献より引用させて頂いたが、私は霊性の先生の講義の中でも、同じく、キリスト教と輪廻転生についての話を、聞いた(学んだ)ことがある。
そして、日本人に最も身近でなじみ深い、仏教の教えの根幹に輪廻転生があるのは、おそらく皆さんの多くがよく知るところでもあります。・・・・・・