自分の中にあるもの(9)
先月の途中から通い始めた、不動明王をお祀りする寺院で、私はとても貴重な気づきを得た。
悲しみに暮れながら手を合わせ祈っていると、私の周囲に無数の取り巻きが寄って来るのだった。
それは蚊だった🦟
そして、それはそれはすごい襲来だ。
特に蒸し暑いだけの、風のない日だったので、彼らは容赦なかった。
それでつい、合わせていた両手は、それらを振り払ううちわになり下がる。ᐕ)ノᐕ)ノ
そして思った。悲しむ心がここにあっても、きっかけがあれば、一瞬で全く違う現実に切り替えることもできるのだと。
悲しみに暮れる心があっても、
「今」が私に与えられているのだと。
もちろん、大きな悲しみを前に、人は為す術が無い。
そして、心が以前と同じに戻ることは無い。
癒されるには長い時間がかかる。
しかし、それでも時間は絶え間なく進み続ける。
私の時間も絶え間なく。
🦟𓂃𓈒𓏸